林耕次 京都大学 研究員 カメルーン派遣報告 (2024/02/17-2024/03/15)

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カメルーン派遣報告:紙芝居を使った衛生改善に関するアクション・リサーチ

京都大学
アフリカ地域研究資料センター・特任研究員
林耕次

写真1 ロミエにあるNGO、ASTRADHE所属のAleka氏によりバカ語に翻訳して頂いたテキストを自ら朗読してもらう 

令和6年2月17日から3月15日にかけて、カメルーン共和国に渡航し、東部州の森林地域の街ロミエ周辺でバカ・ピグミー(*以下、バカと表記)の集落とその周辺においてフィールドワークを実施した。ここでは『アフリカ狩猟採集民・農牧民のコンタクトゾーンにおける子育ての生態学的未来構築』プロジェクト企画のひとつである、紙芝居を用いたアクション・リサーチの過程と様子について報告する。

紙芝居のテーマは、啓蒙的な狙いを踏まえたバカ・ピグミーの生活環境における水・衛生に関わるものである。カメルーン渡航前に、報告者が大まかなストーリーとラフ画を描き、それに対応する作画をプロジェクト技術補佐員である中山恵美さんにお任せした。画の雰囲気や細かな点については報告者からも要望を出しつつ、ひとまず完成させた15枚の紙芝居をカラーコピー、及びラミネート加工したうえでA4サイズとA3サイズを一部ずつ現地に持ち込んだ。ストーリーは紙芝居1枚ごとに、英語とフランス語に翻訳したのち、渡航前にASAFAS所属のカメルーン人研究者であるTowa O. W. Kamgaing氏に日常的なカメルーン=フレンチへの意訳に協力して頂いた。カメルーンの首都ヤウンデでは、Kamgaing版のテキストに対して、カメルーンにおける衛生関連の事情に詳しいAssociation Tam-Tam Mobile(NGO)代表のSimon=Pierre Etoga氏に若干の補足修正をして頂いた。

東部州の調査地ロミエでは、現地で活動するASTRADHE(バカの教育支援などを行うNGO)の協力を得て、メンバーであるバカのAleka Raymond氏にフランス語版からバカ語への翻訳をして頂いた。その後、本人に朗読してもらった様子を撮影して、ロミエ近郊に居住する数名のバカに観てもらい、バカ語としての用語について、また、内容に関して意図が通じるか議論を重ねつつ、逐次修正を行った。ロミエ界隈では、バカ語のテキストを正確に読むことができる人が限られるため、修正後のバカ語版テキストをAleka氏に再度朗読してもらった様子を改めて撮影して、それを数名のバカに何度か観てもらい、紙芝居に合わせてそれを聴衆に伝える、という方式で何度か紙芝居の実演を試みた。その後、テキスト(=朗読動画)に頼ることなく、画に書かれた情報を話者独自の視点と解釈で聴衆に伝える方法でも、子どもたちを対象に何度か実演を行い、それらの様子について撮影を行った。

もともとのストーリーは、同じような趣旨に基づく水や衛生に関する情報を集約させつつ、長らくカメルーンのバカ社会を対象にフィールドワークを行ってきた経験を踏まえて報告者によって描かれたものであるが、例えば、日本語で「バイ菌」を示すことばや、画としての表現方法は、実際に現地で実演するまで聞き手や観衆に伝わるのかが未知数であった。なお、「バイ菌」を英語とフランス語に直訳すると、それぞれgerms/germesになるが、Kamgaing氏によると、カメルーンではmicrobes(=病原菌、細菌、微生物)に置き換えた方が子どもたちを含めて最も伝わりやすいとの指摘を受けた。さらに、バカ語ではバカ語の辞書(Brisson 2010)でも該当する単語がみつからなかったため、いくつかの候補となることばを募り、それらを検討したのちに採用に至った。

写真2 森のキャンプ滞在中の子どもたちに、中山さんが描いた紙芝居をみてもらった

撮影した映像の分析はこれからになるが、当初の目的であった(1)「話者と観衆(子どもや彼らを取り巻く大人など)とのインタラクション分析」に加えて、(2)「紙芝居の物語り(内容)をある程度理解した話者が紙芝居の実演を通じて、どのように独自のことばで伝えているのか。またその受けて(聴衆)の反応」ついても検討することが見込まれる。

ロミエでのフィールドワークののち、東部州州都のベルトアで、Association Okaniの代表Benant Messe氏と会談したが、本企画のプロセスや効果について関心を持ってコメントをして頂いた。そのうえで、バカの子どもたちに伝わりにくいと思われる画の描写についていくつか指摘しつつ、今後、子どもたちに画材を渡して本テーマ(水や衛生)に関する画を自由に描いてもらい、それらを素材として、別途紙芝居を作成してはどうかといった提案を頂いた。このアイデアは、水や衛生に関する意識をさらに高める効果も期待され、描画時の子ども同士、あるいは周辺の大人たちの関与を観察する上でもアクション・リサーチとしてさらに発展し得るものであろう。

写真3 女性話者のBoiさんにAleka氏の朗読動画を観ながら、紙芝居を実演してもらう
写真4 朗読動画を伴った実演後、独自の解釈で改めて紙芝居の再実演(M集落のAmbassa氏による)
写真5 Christoph氏による画より。なぜか物語は英語表記

また、ロミエ近郊で数年前から報告者と親交のある農耕民(Jeme)のMintiet Christoph氏は類い希な観察眼とデッサン力で、ボールペンを用いた絵画を描くことを趣味としている。今回のロミエ滞在時に、紙芝居企画について紹介しつつ、中山さんの描いた原画とフランス語のストーリーを渡して、Christoph氏の独自の解釈と感性で、画を描いて頂けるか打診したところ、快諾のうえ、数日後には『UN HABITAT SALUBRE POUR LES COMMUNAUTES INDIGENES-Une eau potable-Une vie saine(先住民コミュニティのための健康的な居住環境-飲料水・健康的な生活)』というタイトルで大変ユニークな画を描いて頂いた。大まかな物語と画のアイデアは、報告者、および中山さんが描いた要素を踏まえつつも、生活環境の描写や画の構図は独創的なもので、この地域に暮らす農耕民視点の文化的背景を窺い知ることができる資料ともいえる。アクション・リサーチの今後の展開として、中山さんによる画-Christoph氏による画-バカの子どもたちによる画を比較することによる分析も視野に入れたいと思う。

以上、文中に紹介した方々と共に、本企画に協力して頂いた関係機関と人々に感謝いたします。