メンバー紹介:藤岡悠一郎先生(九州大学大学院比較社会文化研究院・准教授/分担者)インタビュー記事

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インタビュアー:高田明、渡邉麻友、(オブザーバー:石川航大)

インタビュー実施日:2026年2月2日

1.研究の内容とこれまでの経緯

渡邉:はじめに、藤岡さんの研究テーマとこれまで取り組んできたことについて教えてください。

藤岡:私は学部の時に地理学をやりたいと思っていて、東京都立大学にいました。当時、ワンダーフォーゲル部に所属していて、ほとんど山登りしかしていなかったです。卒業研究は、山の植物に興味があり、どのような自然環境が要因で高山植物が分布しているのかについて研究していました。具体的には、岩手県の八幡平にある湿原環境で育つ植物が、どのような条件で分布しているのかを調べていました。そんななか、人間社会にも興味が湧いてくるようになり、当時地理学研究室で助手として来ていた大山先生の授業を受けたことで、フィールドをアフリカにしてみたいと思ったのがきっかけです。特にアフリカの乾燥した地域に行きたいと思っていて、乾燥地の植生調査をしたいと思いました。それが、ある意味で間違いだったのかもしれません(笑)

全員:(笑)(笑)

高田:高山から乾燥地というのは?

藤岡:それは、日本の山と全然違う環境を見たいなと思った時に、その対極にあるのが乾燥地かなと思ったからです。熱帯雨林よりもむしろ乾燥地にしたいと思っていました。アフリカのサヘルか南部のカラハリで決めかねていましたが、とにかく当時はアフリカの乾燥地に行きたいと思ってASAFASに進学しました。指導教員の水野一晴先生の紹介でフィールドをナミビアにし、さっそく衛星画像でアンゴラとの国境あたりのオヴァンボ(Ovambo)の人びとの暮らす地域を見てみると、そこが季節性湿地の氾濫原の場所であることがわかりました。学部時代に湿地の研究をしていたこともあって、そこに決めました。

高田:オシャナ(Oshana)のあたりだよね? 藤岡:はい、オシャナのとこです。

写真1 インタビュー中の藤岡さん

高田:フィールドが同じ地域の渡邉さんはどうですか?

渡邉:同じ地域ですけど、やっぱり関心や入り方が全然違いますね(笑)

私は地図を見ても、自然環境のことは考えなかったです。

高田:洪水に遭ったことはある?

渡邉:洪水はないですが、雨季に水溜まりはよく見かけます。乾季と比べて、景色が全く違いますね。

渡邉:実際、学部の時にたくさん山を登られて、憧れというか、対極の乾燥地に行ってみて、どんな印象でしたか?

藤岡:今まで行ったことがなかったので、とても新鮮でしたね。修士1年の夏、水野さん(水野一晴先生。京都大学名誉教授で藤岡さんのASAFASでの元指導教員)と一緒に彼の調査地だったケニア山へ行き、そのあとナミビアに行きました。どれも新鮮で楽しかった思い出があります。

高田:水野さんの門下でナミビアに行ったのは、たしか一番最初だったよね?

藤岡:はい、そうです。実は同期で他に2人いますが。

高田:僕と学年どれくらい違うっけ?院生同士だったよね?

藤岡:ええ、たしか4、5年くらい離れていますかね。私が入学したのは2002年でした。

高田:そうか、じゃあ僕が大学院終わる頃かなあ。

藤岡:はい、そのくらいだったと思います。

高田:エコカ(Ekoka)にも来てくれたことあるよね?

藤岡:はい、一度行かせていただきました。車が壊れたりもしましたね。今では楽しかった思い出です(笑)

高田:僕が藤岡くんの村にも行ったね。

渡邉:ナミビア北部のなかで、メインで調査されてきた地域はどこですか?

藤岡:最初はオシャカティ(Oshakati)から西に10キロほど行った、ウークワングラ(Uukwangula)村にいました。

高田:オシャカティは電気通っているけど、あそこは何もないよね(笑)最初夜中に行ったから凄く怖かった。ヘッドライト付いていない車とかね(笑)

藤岡:あれ、見えているかどうか怪しいですね(笑)

高田:あの辺りがちょうど洪水域で水が来るあたり?

藤岡:そうですね。

高田:渡邉さんは、メインの調査地がオニパ(Oniipa)ですが、周りの村とかには行ったりしましたか?

渡邉:そうですね、今回初めて他の村で調査をおこないました。場所はオウタピ(Outapi)やツァンディ(Tsandi)の町に近い、オンドゥクタ(Ondukuta)という村の教会に行きました。でも、教会には水や電気が通っているので、生活はそこまで不自由ではなかったです。

高田:(さらに辺境の地で調査をしている)僕からしたら、もうオニパなんて超街だね(笑)最初来た時は、世界の果てのように感じたけど(笑)

全員:(笑)(笑)

渡邉:藤岡さんは、そこでどのような調査をおこなったのか教えていただけますか?

藤岡:えっと、修士と博士では、主にマルーラ(marula)やヤシの木などの樹々に関する民俗植物学(ethnobotany)的な調査をおこなっていました。また、人間が植物を利用することで、どのように植生が変わっているのか、衛生画像を使って景観の変化なども調べていました。現地では、トウジンビエの畑の中に大きな樹々がポツポツと生えている景観が広がるのですが、大きな意味では「アグロフォレスト(森林農業)」になるんですよね。アフリカの各地域には、畑とそこに生えている樹木とのコンビネーションに多様性があります。ナミビアでは、マルーラやヤシなどとトウジンビエ栽培を組み合わせた農業になっていて、「アグロシルボパストラル(農業、林業、畜産業を統合したシステム)」といった複合生業のシステムが形成されるなかで、1970年頃の航空写真からその後の30年のあいだ、どのように景観や植物の利用が変化していったのかについて研究していました。

高田:今では、当たり前のようにグーグル・アース(Google Earth)があるけど、それもつい最近のことだもんね。

藤岡:はい、それと最近のデータは解像度が良くなっているので、過去に遡る方がむしろチャレンジングですね。ナミビアの場合は70年代に白黒の写真が撮られているのですが、それ以前のもので解像度の良い航空写真はありません。それ以上遡ろうとすると聞き取りになってきます。昔話を聞くと、今と昔の様子がだいぶ違うということがわかるので、博士課程の時はそういった過去に遡る挑戦もしていました。まとめると、景観変化と人間の社会や経済の変化がどのように密接に関わっているのか、ということを主に研究していました。

高田:あの地域は農業の限界地域のような面もあるし、アンゴラからの依存もあるから、いろいろな変動を受けやすい場所でもあるよね。

渡邉:1970年代の航空写真は、誰が撮り始めたんですか?

藤岡:あれは当時、植民地時代に南アフリカの主導で撮られたものですね。アフリカの場合は、航空写真を撮る技術を当時のヨーロッパの国々が持っていたので、そのようなデータセットはだいたい整備されています。

高田:渡邉さんは、日本で言うところの国土地理院みたいなところに行ったことはある?

渡邉:たしか、高田さんに連れてっていただいたかと思います。大きい地図を印刷しに行きました。

高田:そういえば、一緒に行ったね(笑)雲がないからセスナで綺麗な航空写真が撮れるよね。GISが出てきた頃、僕も藤岡くんに教わって、ちょっと手伝ってもらいながら、こんなもんあるんや…みたいな(笑)

藤岡:でも、今ではもうオートマティックになってきているので、最近はやりやすくなってますよね。

渡邉:写真で見るデータと、実際に人びとの語りから出てくる自然環境の記憶は、一致するものなんですか?

藤岡:実は、そこが結構面白いところで、古い空中写真や衛生画像を見ると、当時の家の場所や生えている木が同じものもあれば違うものもあって、どこが変わっているかはわかるのですが、なぜ変わったのか、どういう経緯なのか、までは人から聞かないとわからないんです。そういった情報を集めるのが楽しくて、いろんな要素が関わっているとわかった時が、個人的に一番面白かったですね。私がナミビアで一番面白かったのは、現地の人がそれぞれの木に名前を付けることです。マルーラ(現地語名:オムゴンゴ)の木にも名前を一本一本付けていて、これは一体どういう意味なんだろうって考えることが面白かったし、驚きでもありましたね。

高田:人の名前を付けるの?

藤岡:それには、いくつかのパターンがあります。1つは、ある木の下で昔のヒンバ(Himba)の人が体に塗る赤い染料を売りに来たという話があって、そのエピソードにちなんだ木の名前が付いています。あとは、マルーラの実の味や木の形にちなんだ名前もあります。基本的には、木の所有者が名前を付けることになっていて、誰が付けたのか全然わからない名前もあります。

高田:オムゴンゴも地域にとって重要な木だもんね。

藤岡:ええ、やっぱり社会的にも大事な木だからこそ、大事な名前が付けられているんだと思います。マルーラの木に名前があることで、人びとの集合場所としての目印にもなっているため、かなり実用的な側面もあるみたいです。

高田:渡邉さんは、マルーラのお酒を飲んだことがありますか?

渡邉:製品化されている、アマルーラ(Amarula)は飲んだことがあります。

藤岡:アマルーラは2回蒸留してミルクと混ぜているので、甘くて強いお酒なんですが、オマゴンゴのお酒は蒸留しておらず、そのまま発酵したようなお酒なので、味は全然違いますね。

高田:味は爽やかだよね。カルピスワインみたいな(笑)

藤岡:そんなかんじです(笑)飲みやすい反面、アルコール度数は高いです。

高田:飲み口がいいから、結構飲んでしまって酔っ払うっていう…(笑)

昔からチーフのお酒と言われていて、集まりでみんなに振る舞われたりもするので、文化的にも重要なお酒だよね。

藤岡:世帯ごとにそれぞれお酒を作っていて、3月にみんなで作ったお酒を与え合うのですが、誰から誰にお酒が渡るのかをひたすら追いかけたこともあります。

高田:飲みながら?(笑)

藤岡:飲みながらです(笑)あの時期に家にお邪魔すると、だいたいお酒を勧められてしまうので…(笑)

高田:あれはウルシ科だっけ?たくさん飲むとお腹壊すよね(笑)

藤岡:そうですね、割と危険です(笑)

写真2 藤岡さんと高田さん

2. ナミビア・ボツワナの食事について

藤岡:渡邉さんは、フィールドワーク中はホームステイをされていたんですか?

渡邉:牧師の家にホームステイをしていました。私はオシクンドゥ(oshikundu)が好きで、オシフィマ(oshifima)、トウジンビエ、お肉と一緒にオシクンドゥを飲む、みたいな生活をひたすらしていました(笑)

藤岡:いいですね。オシクンドゥも家によって味が違って、不純物を除いて砂糖を混ぜたりすると飲みやすいですよね。

渡邉:初めは不純物に抵抗あったのですが、慣れるとあのザラザラ感が美味しく感じますね。

藤岡:お肉がよく出てくる家だったんですか?

渡邉:そうですね。鶏肉、山羊肉、牛肉のローテーションで、ほぼ毎日お肉は出てきていました。

藤岡:きっと牧師さんだから、良い食事が出てきたのかもしれないですね(笑)

渡邉:藤岡さんは、何を食べていたんですか?

藤岡:雨季の初めは、牛のミルクを発酵させた酸乳とオシフィマを混ぜたものをよく食べていました。あとは、スピナッチ(spinach)を煮た料理ですかね。

渡邉:ちなみに、石川さんのボツワナでの食事はナミビアと違いますか?

石川:正直、聞いていて知らない名前ばかりでした(笑)マルーラの木も見たことがありませんが、気候はナミビアと似ていますよね。

藤岡:うん、ボツワナにもマルーラはあると思うよ。でも、カデ(Xade)の方まで行くとないかもね。ナミビアの東側はまだあると思うけど、たしかにボツワナまで行くと少なくなるかもね。

石川:先ほどのスピナッチは、ほうれん草とは違うんですか?

藤岡:スピナッチという名前は英語で名付けているだけで、ローカルハーブです。

ボツワナでは、主食はメイズ(maize)とかになってくるんじゃないかな。

石川:はい、メイズはよく食べます。

藤岡:あと、セスワ(Seswaa)という肉料理もボツワナにありますよね。あれは、ナミビアにはありません。

石川:そうなんですね。現地では、いろんなお肉を突いて作っていました。

藤岡:お肉を突いて細かくすることで、食べやすくしますよね。

高田:そうそう、歯がないおじいちゃんやおばあちゃんでも食べることができるね(笑)

ナミビアではオシフィマですが、ボツワナではソルガムからポリッジ(porridge)を作るので、酸味や雑味があって美味しいですよね。

藤岡:昔はナミビアにもソルガムがありましたが、今ではもうトウジンビエに押し切られてしまいましたね(笑)

高田:食事は渡邉さんと比べて、石川くんの方が厳しかったかもね(笑)

石川:そうかもしれないです(笑)フィールドワーク中は、あるご家族にホームステイをさせてもらっていました。働いている人もいたので、村の中では比較的裕福な家庭だったと思いますが、食事は基本1日1食もしくは2食でしたね。ある時、どうしてもお腹が空いて、夜にテントの中で1人隠れてパンを食べていたら、犬に襲われました(笑)

高田:テントだと人間は気を遣ってくれるけれど、犬は気を遣ってくれないからね(笑)

渡邉:食事は何を食べていたんですか?

石川:主食はメイズやポリッジですね。スピナッチもありましたが、家庭菜園しているので、こちらはほうれん草かもしれないです。あと、調査地のニューカデ(New Xade)にある精肉店で牛肉などを買って調理してくれることもあります。

高田:ナミビアのスピナッチは、セミワイルド(semi-wild:半野生)っぽいけど、品種はたくさんあるの?

藤岡:一応、僕が知っているのは3種類です。全て野草で栽培もされています。ナミビアの東側では、アマランサス(Amaranthus)やキャッサバの葉をよく食べるんですが、あまり苦味はありません。

高田:ニューカデでスピナッチと呼んでいるのは、家庭菜園だから本当のほうれん草かもね。

藤岡:石川さんのホームステイ先では、昆虫とかも料理で出てきますか?

石川:たまに出てきます。名前は忘れてしまいましたが、蛾の幼虫で、緑色のそこまで大きくない芋虫です。

高田:モパネではないかもなあ。タマムシも食べるよね。

藤岡:ナミビアでは、今はもうタマムシを食べなくなってきましたね。クワニャマ(Kwanyama)の方では食べられているのを聞いたことがあります。

高田:カブトムシの幼虫はあまり美味しくないね(笑)

藤岡:はい(笑)でも現地の人はみんな好きで、モパネーワム(mopane worm)とカメムシと合わせてよく食べられています。

高田:カブトムシの幼虫は土の味がするよね(笑)

渡邉:うわ、嫌かも(笑)調理や味付けはどんな感じですか?

藤岡:基本的には、内臓取って炒めるだけですね。

高田:モパネは葉を食べるから、そら豆みたいで美味しいけど、カブトムシの幼虫は土を食べるから土の香りがするよね(笑)

渡邉:採集の時期はいつ頃ですか?

藤岡:雨季の初めの12月〜1月頃かな。畜舎の有機物の中によくいるので、鍬で掘ればたくさん出てきます。

高田:(日本の)カブトムシ採集と一緒やね(笑)

藤岡:雨季半ばになるとサナギになってしまうので、その前が一番太っていて食べごろです。でも、おすすめはカメムシかなあ。カメムシは、全然匂いを発しないので美味しいですね。

渡邉:カメムシも炒めるんですか?

藤岡:炒めます。カメムシは不完全変態の昆虫で、小さな幼虫(若虫)がサナギにならずに大きくなるんだけど、成長して大きくなると羽がジャリジャリするので、若虫の羽がまだ小さい頃が結構おすすめです。

高田:炒めると匂いが消えるのかな?

藤岡:いえ、もともと臭気を発しないノコギリカメムシという種で、日本のカメムシとはグループが違うからだと思います。東南アジアでは、あの匂いを求めてカメムシを食べる人もいますよね。

3. サンとのかかわりと歴史的背景

渡邉:高田さんの基盤Sは、「コンタクトゾーン(contact zone)」が主テーマだと思いますが、藤岡さんの調査地では狩猟採集民サンとのかかわりはありましたか?

藤岡:私の調査地のウークワングラ村は、もともとオシクワンビ(Oshikwambi)というオヴァンボの王国の中心部に位置しており、王国の周りにはオヴァンボだけでなく、サンやヒンバなどのさまざまな民族が混住しているような土地があったと聞いています。一昔前だと、奴隷的な位置付けでサンとのかかわりがあったり、同じ地域に住んでいたことも聞いたことがありますね。今は、あまりオヴァンボとサンとの直接的な関係性が見えるわけではないんですが、空間的なスケールを広げると、これまでさまざまな接点があった事実が見えてきた感じですかね。あとは以前、高田さんの調査地に連れてってもらったことで、実際にオヴァンボとサンが共に暮らしている光景を見ることができた経験が、私の研究にとって非常に意義のあるものでした。

高田:バッファーゾーン(buffer zone:緩衝地帯)のような場所で、彼らが助け合って暮らしていたことは歴史の文献にも出てくるし、フロンティアが変化する過程でサンとのかかわりがあったんだと思います。文献では、クワンビ(Kwanbi)で王族とサンが結婚するような慣習があったと書かれたりしますが、今ではあまり見られないですね。

渡邉:時代によって人びとの関係性も変わってきているんでしょうか?

高田:変わってきているね。あとは、渡邉さんのテーマでもある、ミッショナリー(Missionary)が来てから社会が再編されていくなかで、関係性も変わってきたんちゃうかなあ。オニパに拠点があるということは、その周辺はキリスト教の影響が大きいよね。実際、オシャカティやオンダングヮ(Ondangwa)に行けば、サンはいるけどそんなに目立たなくなるよね。

藤岡:たまに見かけますが、そんなに目立つわけではないですね。

高田:ミッショナリーが定住化を進めたことで、分散していたサンがエナナ(Eenhana)やエコカ(Ekoka)の村に集住するようになったよね。

渡邉:現在定住している村から、違う場所へのサンの移動はあるんですか?

高田:もともと移動性の高い人たちやから、いろいろなところに住む場所を変えるというのは、個人レベルでは今も昔も多いと思うけど、やっぱり都市に出る人が増えてきているのかなあ。狩猟採集民は、わりと小規模な居住集団として生きていく術を知っているから、

ナミビアの解放運動やアンゴラ内戦など、社会が不安定になってくると集団は別れて暮らすようになって、逆に社会が安定してくると集まってきたりするね。石川くんの調査地のニューカデでは、サンだけの人口では世界最大級かもね。

石川:はい、現在約1600人のサンが一ヶ所に定住生活をしていますね。でも、マイパーと呼ばれる、定住地の周りに家を構える人もいますね。僕の研究対象である高齢女性は、政府の再定住化政策でニューカデに移動させられる前のカデ(Xade)で生まれた人なのですが、ニューカデにいれば年金などの社会保障もわりと充実しているので、もうカデには戻りたくないと言っています。ニューカデでの新しい生活スタイルにアダプトしているうちの1人として見ています。

高田:戻りたいという人と戻りたくない人、両方いるよね(笑)

石川:両方いますね。彼女は頑なに戻りたくない人ですね(笑)

高田:そこには男女差もあるかもね。日本でもありそうやなあ。都会よりも田舎に住みたい夫と、街に出て買い物しやすいほうがいい妻との関係とかね(笑)

全員:(笑)(笑)

渡邉:少し話の文脈が変わりますが、オヴァンボの人たち(特にオニパで働く人)は老後に村に戻って暮らしたいと願う人が多い気がしますね。

高田:キャトルポストという「別荘」もあるよね(笑)

藤岡:キャトルポストもピンキリですね(笑)しっかりお金をかけている人もいれば、ほったて小屋のようなトタン屋根だけのものもあります。

高田:最近はニューカデでもそういった動きがありますね。“富裕マイパー”という造語で示されているように、ニューカデの喧騒から離れて居住することでいろんな食べ物を採集したりするけど、それは親しい人たちだけで自立した暮らしをしたいという気持ちのあらわれでもあるのかもね。

藤岡:それが彼らにとっての1つの理想系だと思うんですよね。以前僕は、シベリアの牧畜民サハの調査をしていたことがあるんですけど、彼らは夏の家と冬の家を持っていて、季節に応じて動いているんです。二重拠点だと一年を通じて生活が変化するので、一ヶ所にマンネリ化しないという意味で、彼らの理想の生活スタイルなのかなと思いました。

高田:僕たちにも似ているね。フィールドと京都みたいな。どちらかにずっとおれって言われると、ちょっとどうかなあと思うけど…(笑)

生粋の都会っ子の渡邉さんは、二重拠点の生活はどうですか?

渡邉:今回、初めて村に長期で滞在してみて、オニパを挟んでいて良かったなと思いました(笑)オニパでの生活を挟んだことで、良い具合に村での生活に慣れることができました。都市と田舎のどちらかを選べと言われたら、正直、都市の方がいいですが…(笑)

高田:都市の方が故郷やもんね。

渡邉:はい、都市の方が身体に馴染んでますね(笑)でも二拠点生活を通して、ときどき村で生活をするというのもいいなと思います。

高田:現地の人びとは、ハウスホールド(household)の中に果樹が植ってたり、庭に家畜がいたりして、そこだけが独立した“リパブリック”のような環境に憧れている感じがしますね。

藤岡:その環境とキャトルポストを持つというのが、一つの理想系なんだろうなと思います。

高田:石川くんは、ヤギ飼ってなかったっけ?

石川:僕ではなく、ホームステイ先の家族が飼っていました。他にも家畜がちらほらいました。

渡邉:数はどのくらいいましたか?

石川:ヤギは雄雌1頭ずつとその子供が2頭いましたが、仔山羊はどちらも死んでしまい、最終的には人間と犬に振り分けられました。その他の家畜は、牛、馬、ロバ、鶏などですね。

高田:僕は院生の時にヤギを飼っていました。庭の軒先に生後1週間くらいのヤギの赤ちゃんが倒れていて、ミルクをあげると元気になったのでしばらく面倒を見ていました。仔山羊と言えどもミルクを大量に飲むので、町で500mlの牛乳パックを20本くらい買ってきたりもしたけど、僕が帰国した3日後くらいに食べられてしまったそうです…。

写真3 ニューカデ村の仔山羊(撮影者:石川航大)

藤岡:私もヤギを飼っていました。最期は溺れちゃいましたけど。

高田:溺れるの?洪水で?

藤岡:ナミビア大学にいたときに飼っていて、用水池のような場所に水を飲みに行った際に落ちたんだと思います。

高田:ヤギって溺れるんやなあ。たしかに山の生き物やからね。

藤岡:珍しいケースかもしれないですね。

高田:プロジェクトは、エコロジカル・フューチャー・メイキング(Ecological Future Making)をうたっているので、エコロジカルな要素も大事です(笑)

高田:そういえば、さっきの木に名前を付ける話で、サンも木に名前を付けるんだよね。

藤岡:そうなんですね。

高田:遊動生活をする時、木は彼らにとってランドマークの役割を果たしていました。半乾燥地の自然環境では、木がわりとまばらに生えているので、木に名前を付けて覚えることで遊動生活を成り立たせていました。さらに水場や林だと、そこにエピソードも交わるので、それが民話に結びついたりもしますね。たとえば、僕が論文にも書いているものだと「お尻がなければ暮らせない」という名前があります。それは、「他の男性たちが狩猟をしに出かけているのに、1人だけキャンプ内に留まってそこにいる女性たちを盗むような悪いやつがいる」というストーリーになっていて、「キャンプで女性を追うのではなく狩りに行け」というメッセージが込められています。もしかしたら、民族は違うけど昔は通婚や交流もあったので、木に名前を付けるということは、どこかで基盤みたいなものがあるのかもしれないね。

藤岡:ええ、そうかもしれないですね。木がランドマークになるくらいだと、離れている木に名前が付いているかんじですかね?

高田:林になると林一帯に地名がついています。木はどちらかというと、移動時に目立つようなものに付けられているかなあ。

藤岡:クワンビの私の調査地では、家の敷地外の共同の水場に生えている木にも名前が付けられていてランドマーク的な存在なんですが、マルーラの木の利用のために名前が付けられているのとは、別の意味があるのではないかと思っています。なので、サンのお話はとても興味深いです。

高田:これまでの話を無理やりプロジェクトに繋げると、子どもの社会化がどのように再編されるのかというのは大きな柱の一つで、たとえば、遊動生活をしているときに木の名前を覚えるということが重要な社会化の要素だけど、それは別に明日までに覚えてきなさいと言われて覚えるのではなく、生活をしていくなかで見たり聞いたりしながら、覚えて身につけていくものですよね。普段の生活の活動の中に、知識の習得や新しい知識を生み出すような仕組みが組み込まれていたんだろうなと思います。このプロジェクトの一環で、そういう民話を紙芝居にして、学校とかでパフォーマンスすることを試みているんやけど、あまりこちらから教えるのではなく、ほっといても自分たちで楽しくやれるような新しいやり方を定住生活の中で生み出せないかなというのがベースにあるかな。紙芝居に限らず、みんながスマホを持っていればスマホでもいいんやけど、やっぱり自分からモチベートできるようなやり方じゃないと。伝えるだけでなく、新しい知識も生み出していかなければ循環していかないからね。

渡邉:そういった民話を若い世代に、おじいちゃんやおばあちゃんから語り継ぐようなことは今でもあるんですか?

高田:今も聞けば知ってる人も多いんだけど、話す場面が凄く限られるなと感じるね。就学率を上げようとする動きがある一方で、それだけになると民話などの知識やそれを巡る活動が低調になってしまうからね。そういったトレードオフみたいな関係が意識せずにあったりするから、現在(ASAFAS院生の)野口さんと進めている活動では、学校の授業で紙芝居を取り入れてみたりしていますね。

藤岡:フォーマルの教科書とかに、そういったエピソードを入れ込むことはできないんですかね?

高田:ありえるかもね。ナミビアは国ができた頃から母語教育を推進しているけど、それでも母語って難しい概念で、アフリカは他民族から成る村も多いから、ローカルなスケールでマジョリティとマイノリティができやすいんだよね。ナミビアでは教会が主導して小さいリーフレットとかで民話を取り入れたりはしているね。聖書にまつわるエピソードをまとめた説話集を絵本にしたり。そんなふうに民話がいろんな形でテキスト化されているんやけど、そういったものを現代版のメディアを使って楽しめるようにできたらいいなと思っているかな。ボツワナは、ナミビアと比べてツワナが圧倒的にマジョリティやから、独立も早かったこともあってそういった動きは遅かったんやけど、最近は政府がそれに関心を示していて、言語学者と一緒に教材を作れないかという動きがあります。このプロジェクトにも関わってくる活動でもあるよね。

高田:渡邉さんの関心は、キリスト教の介入がオヴァンボの人びとのジェンダー観にどのように影響を与えているのかだよね。

渡邉:はい。いわゆる伝統的なオヴァンボの社会では、女性よりも男性優位な社会と言われてきたんですが、キリスト教の影響やナミビアの独立によって、それまでのジェンダー観の変化や女性の地位向上の動きがあって、特にELCIN(Evangelical Lutheran Church in Namibia:ナミビア福音ルーテル教会)の女性牧師が増えている背景について調査しています。

高田:ELCINはアフリカだけでなく、世界的にも女性牧師の比率が高いよね。その一方で、オヴァンボ的な家族観とどう関わっているのかだよね。

渡邉:あとは、女性牧師が増えているというのは、わりとキリスト教の国際的なジェンダー平等の流れなのかなと思いつつも、女性牧師を母親とか女性性みたいなものとして評価している部分もかなりあって、それがオヴァンボのジェンダー規範と結びついているんじゃないかなと思います。女性牧師の母親像みたいなものが強調されている一方で、ある女性牧師の家を訪ねると、ベビーシッターが子供たちの面倒を見ていることから、そこまで子育てに関与していないことがわかりました。今のナミビア社会では女性が働くようになってからベビーシッターを雇うような動きが主流になってきていると思います。でも、母親として見られている部分もあったりするので、その辺りはうまくバランスをとりながら生きているのかなと思います。

高田:博論のタイトルは、「メメ」かな?(笑)

渡邉:シンプル過ぎます(笑)メメは、(オヴァンボ語で)お母さんや女性を指す呼び方ですね。

藤岡:子育てに関しては、一緒に住んでいる他のメンバーが面倒を見るという傾向はあるのかなと思いますが、女性が働きに行ったり、周りを取り巻く環境の変化で状況が変わっているのは、間違いないと思いますね。オヴァンボの女性観みたいものと教会がどうリンクするのかは、面白いテーマですね。

高田:歴史的にいうと、契約労働で男性が村に不在になるのが常態化するなど、必ずしも意図せず起こった家族の構造関係の変化に対して、女性がイニシアティブをとる行動が活発になったというのはあるのかもしれないですね。

渡邉:たしかに、ここ数十年でも外部的な影響によって、いろんな変化が起こっているんじゃないかなと思います。

4. 基盤Sプロジェクトにかける思いと今後の展望

渡邉:基盤Sでは、ナミビア、カメルーン、ボツワナという他地域にわたって、いろいろなバックグラウンドを持った研究者がいらっしゃいますが、その一員としてこのプロジェクトに携わるうえでの期待や意気込みをお聞かせください。

藤岡:ありがとうございます。昨今の研究プロジェクトは、いろんな分野の研究者で構成された学際的なチーム編成を組むと思うのですが、自分の分野だけではなかなか生まれてこないアイデアなどが出てくることは、こういったプロジェクトの面白いところだと思います。インターディシプリナリー(interdisciplinary:学際的)な研究は、研究者だけでなく、民間の人も入れたりします。ただ、アカデミックな世界では、論文を書かなければいけないので、違った分野から出てきたデータをどう組み合わせて自分の論文のコンテクストに結びつけるか、というのがより実践的には求められるとは思います。もう一つ面白いのは、自分には出てこないクエスチョンに出会ったりすることですね。分野によって問いの立て方が違っていて、それは研究者のこだわりでもあるんですよね。「これを疑問に思うのか」みたいな発見は、分野が違うとあったりするので、自分では気づけない問いが出てくるのは、個人的には面白いなと思います。それは、チームごとに関わるメンバー次第でどういった展開をするのかが変わってくるので、そういった意味で、今回のプロジェクトの動きみたいなものも楽しみにしています。また、研究テーマのコンタクトゾーンについては、個人的に非常に関心がありまして、ランドスケープが変わっていくことは、まさにせめぎ合いの部分があったりもしますよね。あとは、ナミビアのいろんなフロンティアが幾重にも重なっているような社会に対して、コンタクトゾーンという1つのフレームワークがそれを切り取る重要な見方にもなるのかなと思って、テーマ的にも非常に興味があります。あとは、時間の問題ですね(笑)時間さえあれば、いくらでも関わりたいと思うんですけど…(笑)

藤岡:現在、個人的な研究は日本の方へ向いていて、主に植物の採集活動の研究をしているんですけど、今の日本の若い世代が自然と触れ合うような状況は、壊滅的なんですよね。近所の山に行ったことがないとか、街の中に食べられる実があっても誰も知らないというような状況をなんとかできないかなと思っています。

高田:初めての自然体験が「どうぶつの森」とかね(笑)

全員:(笑)(笑)

藤岡:うちの子は、昔から山に行っていろんなものを食べたり、虫を捕ったりしてきましたが、学校で自然と触れ合う経験をしている子どもは全然いないですね。親世代がしないから、子どもたちは壊滅的です。アフリカを見ていると、日本の状況はやばいなと思っています。今は日本をメインとしていますが、またアフリカに戻りたいなと思っています。